批評ゼミ通信講座|選抜評論:私たちを主役にするために ー フェリックス・ゴンザレス=トレスのLight Strings/Kumiko Isohata

私たちを主役にするために ー フェリックス・ゴンザレス=トレスのLight Strings
Kumiko Isohata

 

  フェリックス・ゴンザレス=トレス(Feix Gonzalez-Torres, 1957−1996) Light Stringsシリーズは、電気コードに基本的には42個の電球が連なり、中には複数のコードで構成されているものもあるが、全ての作品においてその設置の仕方が所有者や展示者に委ねられているため、全体のサイズは可変する。

 Light Stringsの特筆すべき点は、ゴンザレス=トレスの他のいくつかのシリーズからも見られるように、作品の中に、有限であることと無限であることが両立していることのほか、鑑賞者の記憶に呼応すること、そして、作品そのものが受け身の状態であることが挙げられる。

  Light Stringsで使用されている電球は、どこででも手に入るようなごく一般的な無色の電球で、点灯させているうちに電球がつかなくなれば付け替えられる。見た目は全く個性の無い電球であっても、電気が切れるまでの時間は電球ごとに異なり、個々の電球の寿命がそれぞれの時間で幕を閉じるという事実は、命には限りがあり、また、消耗され命が尽きた後は、新しいものにとって変わられるだけであるという、まるで誰かの命がここで終わったとしても、何の問題もなく世界が続いていくような個人の命の儚さと小ささを感じさせる。同時に、消耗された部分が取り替えられることでその部分が再生し、作品そのものは永遠に継続可能であることから、電球を我々の細胞と捉えるならば、作品全体が一つの生命体であるとも言える。多くの美術作品と言われるものが、完成した時、または美術館に収蔵された時などにその成長を終えるのに対し、Light Stringsは展示されながら再生し続けるという、儚さと同時に不朽であることを合わせ持つ。

  20ワット程度に抑えられた電球の連なりはまた、何かを照らしたり、そっと温めたりしているかのようでもある。作品が窓辺や屋外に展示された場合、その様子は人々が集った時に、中庭や裏庭、キャンプ場、小さなお祭りで即席的に取り付けられた灯りを思い起こさせ、作品を介して、鑑賞者はその記憶を巡ることにもなる。また、室内の壁に掛けられた様子が、部屋の間接照明に見えた時は、鑑賞者は、展示室から一気に自分の部屋の片隅に連れて行かれたりもする。持ち帰ることで鑑賞者に着いて行くゴンザレス=トレスの他の作品、例えばCandy WorksPaper Stacksのシリーズとは異なり、Light Stringsは物理的には持ち帰ることはできないが、あらゆる形態の電球の連なりが人々の記憶にリンクし、自分が展示室などで見た電球の灯りを見ながら、またはそれを思い起こしながら、あの灯りはいったい何だったのだろうかと、ほのかな懐かしい感覚と共に、本来の製造目的ではなく点灯し続ける電球の光の残像を持ち帰ることになる。 

  Light Stringsは、屋内外に掛けられたりするだけでなく、床に置かれたり天井から吊るされたりもする。電球のコードは丸められたり伸ばされたり、壁に添わされたり、街路樹や窓辺、建物の入り口に掛けられたり、コードが複数ある場合は、絡められたり、等間隔に並べて吊るされたり、どれも全てが受け身である。作品そのものが自立していないという圧倒的に受け身のLight Stringsは、設置する側の存在が必ず必要であり、どのように電球コードを展示するのか、所有者や設置者が考え、実際に形作らないとならない。作品が受け身である以上、こちら側に能動性が自然と求められるのである。

  フェリックス・ゴンザレス=トレス財団のアンドレア・ローゼンは、ゴンザレス=トレスの作品の多くのタイトルが《無題》でありつつ括弧書きで具体的な人物や場所の名前などが続き、それが時に作家の体験や思い出から取られていることを説明する際、作家本人が語った「私はこの社会に生きる人間であり、この社会と文化の産物です。私は反映されたものであるだけでなく文化そのものなのです」1という言葉を引用した。そして、ゴンザレス=トレスは、全ての人に自身の主観性の力に気づいて欲しいと思っていたと語り、「作品を通して、個性が人間に共通する唯一の本質であることについて、気づき、楽観的に捉え、勇気を持ち、認めること、そして、自分の周りの世界に責任を持つことを促し続けることを願っていた」と続けた。「社会はあなたの周りで起こっているのではなく、あなたが社会なのだ」というローゼンの言葉2を経て、改めてこのLight Stringsを見てみると、この受け身の姿をしたLight Stringsが、懇願を込めた希望の灯りのように、私たちを励まし、背中を押す。

   作家が最初から最後まで直接手を下さずに設置されることで作品が成立し、心理的に鑑賞者に侵入し留まり公共へと拡散して行くLight Stringsは、作家の恋人がAIDSで命を落とした直後から、自身が同じ病気で亡くなる約1年前までの数年で制作されている。命に限りがあることを自覚していたであろう時期に一気に制作され、設置者の思考や行動、鑑賞者に促される記憶の交流や自分自身への主体的な認識によって成立する本シリーズは、作家もそうであるように、設置者も、所有者も、鑑賞者も、それぞれどこかが異なる個であることを気づかせ、考え、行動することを静かに促す。Light Stringsは、この受け身の態度を持ってして、作品ではなく、むしろ私たちを主役にすることで、この先も形を絶えず変えながら再生を繰り返すことで存在し続ける。

“Untitled” (For Stockholm), 1992 設営風景
 撮影者: Wolfgang Guenzel. Image courtesy of MMK Museum für Moderne Kunst.
 出典元:https://www.felixgonzalez-torresfoundation.org/works/untitled-for-stockholm

 

参考文献等(最終閲覧 2022924日):
The Felix Gonzalez-Torres Foundation https://www.felixgonzalez-torresfoundation.org/

1“I’m a person who lives in this society and I’m a product of this society and this culture. I’m not only a reflection, I’m that culture itself.” , Felix Gonzalez-Torres and Tim Rollins. Edited by Bill Bartman, 1993

2“Within Felix’ living dialogue, the most essential message and his most fervent desire was to instill in everyone the awareness of the power of one’s own subjectivity. Felix, the person who lived an exemplary life, desired to make works that would continue to encourage his audience to be aware, to be optimistic, to be courageous, to acknowledge that individuality is the only quality that all human beings share, and to take responsibility for the world around you. Society doesn’t happen around you, you are society. “ Andrea Rosen, 1997, p14

Gonzalez-Torres, Felix and Hans-Ulrich Obrist. “Interview” 1994,
https://www.felixgonzalez-torresfoundation.org/attachment/en/5b844b306aa72cea5f8b4567/DownloadableItem/5fb82a0d5fc138093dcc0e1c 

Gonzalez-Torres, Felix and Tim Rollins. “Interview by Tim Rollins.” Felix Gonzalez-Torres. Edited by Bill Bartman. New York: Art Resources Transfer, Inc., 1993: 5 – 31. Reproduced by permission of the author; Andrea Rosen; and Art Resources Transfer, Inc.
https://www.felixgonzalez-torresfoundation.org/attachment/en/5b844b306aa72cea5f8b4567/DownloadableItem/5ee26da35fc1389477e5dc66 

Hobbs, Robert. “Félix González-Torres’s Epistemic Art.” Cornell Journal of Law and Public Policy: Volume 26, Issue 3, Spring 2017: 483 – 495.
https://scholarship.law.cornell.edu/cgi/viewcontent.cgi?article=1459&context=cjlpp

Rosen, Andrea. ’Untitled’ (Neverending Portrait).” Felix Gonzalez-Torres Catalogue Raisonne. Edited by Dietmar Elger. Ostfildern-Ruit, Germany: Hatje Cantz Verlag, 1997: 44 – 59.
https://felixgonzalez-torresfoundation.org/attachment/en/5b844b306aa72cea5f8b4567/DownloadableItem/5ec693df49a62c74397e2a07

蜘蛛と箒

蜘蛛と箒(くもとほうき)は、 芸術・文化の批評、教育、製作などを行う研究組織です。

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