ウィンスロー・ホーマーの《The Coming Storm》について(2016)
Winslow Homer, The Coming Storm, 1901
ウィンスロー・ホーマーの《The Coming Storm》という水彩のスケッチは、タイトルにある通り、今まさに嵐が水平線の向こう側からやってきている状況が描かれている。つまり、まだ嵐はこちら側に完全には訪れてはいない。では嵐の内と外を区別する境界線は一体どこに設けられるのか。
ここに描かれている影の濃い厚い雲は、画面3分の2程度を覆っている。しかし、残りの部分はまだ晴天を保っている。雲は画家のいる場所まで覆っているが、雨はまだ遠景のほうでしか降っていない。とはいえ、手前に描かれている木の表情を見れば、すでに画家の場所も強風にあおられていることがわかる。雨は雲のなかから降ってくる——この雲自体の影と、海面にに映り込んだ雲の影は、嵐の到来として私たちの意識に強く働きかける。晴れている日にも強風は起こるように、風は雲の下だけで生起するわけではない。大気の流れは画面全体に関わっている。また、奥に描かれている画面左端の木は、手前の木となびき方が逆である。つまり手前と奥では逆向きの風(手前は左から右へ、奥は右から左へ)が吹いており、ここでの風の流れは一様ではないことが示されている。
水平線までほとんど障害物もなく見渡せる海の風景のなかで、天候は急激に動いており、風の流れや大気の変化が、さまざまな境界線を作り出しているのだ。ホーマーはターナーのような荒波を全く描いていない。この水面の穏やかさと空の動的な表情は対照的でなものとしてある。波の表情の省略と平坦なパノラマの風景は、目に見えない空気の流れや気候の境界性を前景化させる。嵐は速い速度でこちらにやってきている。そのことを示すことで、鑑賞者は、画家と同じ位置に立ち、ヴァーチャルであっても自らの身体感覚に訴えかける、その意味でアフォーダンス的な作品である。