蜘蛛と箒企画オンライン特別講座|講師:松井勝正 2022年4月24日(日)

蜘蛛と箒企画:オンライン特別講座|2022年4月24日(日)
湯川遥菜さんの死:ボリス・グロイス以後の美術批評を考える
講師:松井勝正

この度蜘蛛と箒では、松井勝正さん(芸術学)を講師にお招きして、オンライン特別講座を開催いたします。

【講座内容】
 テロとアートの関係を論じたボリス・グロイスの「戦争中の芸術」の検討から出発して、湯川遥菜さんの死について考察してみたい。そして、すべての対象の平等化を志向するグロイスの「政治的」な批評の態度に対して、かけがえのない特殊な対象を見い出す「美学的」な批評の態度を対置してみたい。
 現代の美術批評は、普遍的な価値基準を提示することの困難さを抱えている。すべての価値が主観的で文脈依存的なものとなるとき、すべての批評的価値判断は美学の問題ではなく、政治の問題となる。グロイスの批評はそうしたすべてが政治化した現在の状況を象徴するものと言えるだろう。彼は前衛芸術を偶像破壊の活動として規定する。そこでは、制度によって支えられたすべての偶像、権威、アウラを破壊し、最終的にすべてのものが平等に承認される状態が目指される。そして「戦争中の芸術」では、おおよそ次のような論理が語られている。テロリストたちが配信する残酷なヴィデオ・アートは、前衛芸術のような偶像破壊的なものに見えて実は、崇高な政治的偶像を作り出そうとするものであり、批評はその偶像をさらに破壊していかねばならないと。
 こうした問いを念頭に置きながら、テロが生み出したスペシフィックなひとつの表象、湯川遥菜さんの死に対して、批評はなにを可能にするのか考えてみたい。湯川さんの特殊性をとらえることは、彼の主体としてのオリジナリティや固有性をとらえることとではない。個人ブログに現れる彼はむしろ明確な主体を持たない人物だ。彼は、自分を川島芳子の生まれ変わりだと信じ、男性性と女性性を兼ね備え、男性器を切断する自殺未遂をおこした後、女性名に名の変える。そこにはジュリア・クリステヴァがアブジェクションという概念で捉えようとした去勢をめぐる問題系がある。「私」の同一性の輪郭をなす境界は切断として生み出される。彼は自分のすべての要素を捨てたくないという感情と自分の一部を切り捨てて何者かにならなければならないという強迫観念に引き裂かれている。
 そんな彼が男性性の象徴と言える武器を携えて紛争地へ赴く。そしてテロリストに拉致され、斬首された彼のニュースを世界中が知ることになる。そこで突然、精神分析的な場と国際政治的な場が交差することになる。国民を守ることは国家のもっとも重要な役割にひとつだが、当時の安倍政権は彼を守ろうとしなかったと言える。そして世論もまたそうした国の姿勢を批判しなかった。湯川さんの異質性を伝える報道もあり、彼は「国民」という同一性の境界から排除されてしまった。
 湯川正行でもなく、湯川遥菜でもない、そして川島芳子でもなく、日本国民でもない彼はいったい何者なのだろうか。彼は悲劇の崇高な殉教者ではないし、去勢への脅迫観念がもたらした喜劇の主人公でもない。そこにはおそらく、誰でもないが、特殊な人間の現実的な死がある。そしてそれは、すべての政治的な解釈から逃れながらも、私たち個人の生と死について根本的に問いかける特殊ななにかなのではないだろうか。

湯川遥菜氏のWikipedia
ボリス・グロイス氏のWikipedia

【詳細情報】
・講座タイトル:湯川遥菜さんの死:ボリス・グロイス以後の美術批評を考える
・講師:松井 勝正
・開催日時:2022年4月24日(日)
・開催時間:19:00-21:00(延長の場合は21:30)
・受講料:1,500円 (振込手数料別)
・使用アプリケーション:ZOOM
・定員:30名※事前予約制 
・支払い方法:銀行振込もしくはPayPalになります。

【プロフィール】
松井勝正|Matsui Katsumasa
1971年生まれ。芸術学。主な論考に「ホワイトキューブの外側」『西洋近代と都市と芸術7』(竹林舎、2017年)、「ロバート・スミッソンのエントロピーの美学」『ART TRACE PRESS 05』(2019年)、「形と色のパラドクス――マティスの原理」『ユリイカ』(2021年5月)など。共著に『現代アート10講』(武蔵野美術大学出版、2017年)、『政治の展覧会』(EOS ART BOOKS、2020年)。共編に『美術批評集成 1955-1964』(芸華書院、2021)。
また、芸術の新しい活用法を考えるグループ、アート・ユーザー・カンファレンスとして活動。
主な展覧会に『Robert Smithson  without Robert Smithson』(風の沢ミュージアム、2015)、「未来芸術家列伝IV」(S. Y. P Art Space、青山|目黒、 2017)、「美術館堆肥化計画2021」(青森県立美術館,2021)など。

【お申込みフォーム】
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蜘蛛と箒

蜘蛛と箒(くもとほうき)は、 芸術・文化の批評、教育、製作などを行う研究組織です。

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